s c h e r z o s o

氷帝学園テニス部、正レギュラー用部室。今ここで、譲れないらしい争いが繰り広げられていた。




…当事者を無視して。




「駄目ですよ、日吉は俺と一緒に帰るんですから、ね、宍戸さん!」
「待て待て待て待て!長太郎、何で俺に同意を求めんだよ!付き合ってらんねえな」
息の合ったパートナーとはいえ、巻き込まれたくないものに無理やり巻き込まれてしまえばたまったものではないらしく、宍戸は鳳を一喝して部室を出ていってしまった。そもそも宍戸は無用な争いに付き合う気は無かったし、当事者である日吉がまだ自主練習から戻っていないので、様子を見に行きながら帰宅するつもりでいたのだ。
閉ざされた部室の扉に、落胆する鳳。しかし鳳には日吉の数少ない友人であるという、根拠があるのか分からない自信があった。だからこそ、譲れないのだ。

「あかんで鳳、日吉は俺と岳人と帰るんや」
「は?侑士勝手に決めんなよ!」
落胆した鳳を宥めるように忍足が口を挟めば、憤慨したように岳人が騒ぎはじめた。
「なんや、やったら俺と帰りたいん?」
「ばっ、か!」
「かわええやっちゃなあ」
騒いだ岳人の態度に何を感じたのか、忍足はまだ文句を言い続けている岳人の手を取り、さっさと部室を後にした。忍足は日吉と帰る気など毛頭なかったようで、結果はいらんでと言い残しただけだ。
ちなみに岳人は、忍足に後で食事を奢ってもらう約束を取り付けて機嫌を直したらしい。

「ひよは俺と帰るんだC」
拗ねたように言うのは、練習の間の半分以上を寝て過ごしていたジローで、部活終了間際から今まで樺地に担がれたままだったのだが、楽しそうに樺地から下りると、鳳を見上げるように立ち上がった。…身長からして見上げなければならなかっただけだが。
「ジロー先輩、何でこういう時ばっかり起きてるんですか」
「たまにはひよと帰りたいC、鳳はクラス一緒だからいいじゃーん」
宍戸に一喝されたショックから立ち直った鳳の文句を聞き流したジローは、自身のロッカーからポッキーの箱を取り出して封を開けはじめた。

「おいお前ら、勝手なこと言ってんじゃねえよ、アーン?」
この騒ぎの中部誌を書いていた跡部は、その手を止めて口を開いた。
「日吉は俺様と帰るに決まってんだろ」
なあ樺地、といきなり話を振られた樺地は、困惑しながらも頷くしかなかった。
「跡部でもダメだC!」
「そ、そうですよ!部長でも譲れません!」
慌てて反論した鳳とジローなど気にする素振りもなく、跡部は自信たっぷりの笑みを浮かべていた。跡部には、日吉と一緒に帰るための口実をすっかり考えていたらしい。
「日吉なら、部活の話があるとでも言えば了解するだろ」
何に裏付けられた根拠かは分からないが、跡部は自信に満ち溢れていた。









「おい若、頑張ってるな」
「宍戸さん」
部室で争いが繰り広げられていることなど露知らず、日吉はテニスコートで自主練習を続けていた。そこに声をかけた宍戸の手には、自販機で売られていた缶のスポーツドリンクが二つ。
宍戸が声をかけると、日吉は練習の手を休めて宍戸の方を向いた。
「ほらよ、奢りだ」
「…ありがとうございます」
「部室で長太郎達が激ダサな争いしてたぞ」
「そうですか」
それで通じてしまうことが哀しいが、それは思い出したように巻き起こる争いとなっていたのも事実である。部室に戻るのが億劫だと日吉は思いながら、宍戸から受け取った缶のプルタブを開け、一口飲んだ。いくら涼しいとはいえ、練習を続けていた日吉には丁度よい冷たさが喉を通る。
「あ、これもやるよ」
「はあ…」
「一緒に帰る奴にでも渡せよ、長太郎が迷惑かけてるしな」
この人も大概人が良すぎるなと思いながらも、日吉は素直にもう一つの缶を受け取った。日吉が、鳳になんだかんだと様々な相談を持ちかけられている事は、宍戸も知っているのだ。
「じゃ、無理はすんなよ」
「宍戸さんが言えた事じゃありませんね」
それもそうかと笑いながら、宍戸は帰っていった。それを見送りながら、日吉は覚悟を決めるように軽く息をついて、部室へ向かっていった。内心で、何故勝手に一緒に帰る相手を決められなければならないのかと不満を抱えながら。









「…皆さんまだ帰らないんですか?」
「日吉!一緒に帰ろうよ!」
「だから、ひよは俺と帰るんだってば」
「俺様とだろ、日吉」
日吉が部室に戻るなり、鳳とジローと跡部が口々に一緒に帰ろうと誘いをかけてきた。跡部の側に立つ樺地はすっかり困惑していたから、日吉は後で何か詫びをしようかと考えて、三人を無視してロッカーに向かい着替えを始めた。
「日吉、ね、一緒に帰ろうよ」
「俺とだよね、ひよC!」
「俺様だよな、アーン?」
着替えの間さえ、日吉に口々に誘いをかけてくる三人に、日吉は眉をしかめた。樺地は益々申し訳なさそうだ。









日吉が着替えを終わらせて携帯を見れば、メールが一通来ていた。差出人と内容を見て、それから未だに背後で繰り広げられた自身の意思を丸っきり無視した争いを見た日吉は、覚悟したように荷物をロッカーから取り出した。









「すいません、千石さんを待たせているので」









三人の争いはぴたりと止んだが、日吉はそれ以上言わずに部室を後にした。




日吉が部室から出て数秒後、部室から声にならない叫びが響いたとか。


fin.


滝「日吉、やるねー」
鳳・跡部・ジロー(滝、いつからここにいたんだ!?)
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scherzoso:伊/スケルツォーソ:滑稽な