カ タ ス ト ロ フ

「…何だこれ」




生徒会の雑務を終え、少し遅れて部活にやってきた跡部は、目の前の光景に呆れたように呟いた。確かに授業中も忍足は気持ち悪いくらいに大人しかったし不機嫌のようだったのだが。
そして今現在、テニスコートでも相変わらず無言の忍足を見上げる岳人は、どうやら怒り心頭らしく何かを喚いている。
余りの二人の険悪さに、テニスコートの様子を伺いながらストレッチをしていたらしい鳳など、宍戸に情けない顔だと叱咤されて、さらに情けない顔になっていた。端から見れば、岳人ばかりが一方的に怒っているようだが、実際は忍足もあまり機嫌が良くないらしく、周りの空気はかなり荒れている。お陰で、二人のいるテニスコートに、移動がてらにか近づいた平部員達は、何も見ていないとでも言いたいらしく、引きつった笑みを顔に張り付け、こそこそと離れて行ったくらいだ。

実のところ、跡部でさえ忍足がここまで不機嫌を露にしたのを見たことがなく、どうしたものかと思案したが、結局テニスコートで試合をするでもなく、正レギュラーや、一部やたら肝が据わっているのか怖いもの知らずなのか分からない、図太い神経の部員くらいしかその周囲に近づけない状況ではさすがに困るからと、跡部は面倒だと思いながらため息をついた。
「おい、あいつらは何であそこで喧嘩してんだ」
「さあ?少なくともダブルスの試合をした後じゃないけどね」
とりあえず近くにいた滝に話を聞くと、どうやら岳人が、日吉と試合をした後の忍足に食ってかかったらしく、かれこれ十分近くあの状態らしい。試合の結果は忍足の勝ちで、けれど忍足が手を抜いたのか日吉は苦い表情をして何処かへ行ってしまったようだ。
樺地は榊に呼び立てられて今はいない。跡部は軽く舌打ちをしてから、二人のいるテニスコートに足を向けた。



「おいお前ら、試合しねえならコートから出ろ」

ただ声をかけただけの跡部に、忍足は無表情のまま、岳人など不機嫌を露にした表情で振り向いた。その時跡部の後方にいた一部を除く部員は、生きた心地がしなかったらしい。
「跡部!俺もう侑士とダブルスやらねえ!」
「そんなこと監督に直訴しろよ」
不機嫌な上に、忍足に軽くあしらわれたのか、八つ当たりと言わんばかりに睨み付けて声を上げた岳人に、跡部は少し眉をしかめながらも、コートを出るように促し、この謂れのない八つ当たりを受ける原因となった忍足へ冷たい目を向けた。
「忍足、お前もだ、痴話喧嘩なら他所でやれよ」
「ほんまやね、お邪魔さん」
跡部の視線には目もくれず、忍足は眼鏡の奥の目を僅かに細めた。それが不機嫌からなのかは跡部にも分からなかったが。
どうにか二人をコートから追いやった跡部は、ふとベンチを眺めて口元を緩めた。
「あいつ、あの中で寝てたのかよ」
ベンチには、誰かのスポーツタオルを枕にして、慈郎がすやすやと眠っていたのだ。ベンチの下には慈郎のものらしきバッグが転がっていたから、部活時間内に部活をやる気はあったらしい。
「おい滝、準レギュラーに適当に試合するように伝えとけ」
「良いけど、レギュラーはどうするの?」
「そうだな、やる気がある奴だけ試合に混ぜろ」
滝は了解の意味を込めて手を振り、準レギュラーが練習をしているグラウンドに向かっていった。跡部の言葉を聞いていたらしい宍戸と鳳は、それなら試合に混ざると跡部に伝えた。
跡部は内心で、鳳が宍戸になつきすぎている以外は、彼らが部内一の常識ある人間だと、跡部にしては珍しく、感動に似た感情を抱いたが、それに気付くものは誰もいない。
「おいジロー、起きろ」
「んー…?あ、跡部だー」
ベンチに寝たままの慈郎を軽く小突いて跡部が起こすと、いつ来たのかと寝ぼけた声で問いかけられた。派手な振る舞いや不遜な態度により、跡部をよく知らない人間には誤解されがちだが、彼は意外と優しく、面倒見も良い方だ。跡部は慈郎の問いに嫌な顔せずに(愛想はさほどないのだが)今しがただと返した。
「試合しないならベンチ以外で寝るか練習しとけ、邪魔だ」
「跡部ー、ひよCはー?」
「さあな、俺が来たときにはもういなかったぜ」
眠そうに欠伸をしながらも、珍しく一度で起きた慈郎は、辺りを見回してから、枕にしていたタオルと足元のテニスバッグをゆっくりと持ち上げる。跡部もなんだかんだと言いながらも、日吉の様子は気になっていたのだが、自分では逆効果だと思い、探す事を諦めていた。
「跡部、俺ひよさがすよ、タオル返さなきゃだC」
「お前途中で寝るなよ、下手したら風邪ひいちまうからな」
この跡部の気遣いに、慈郎は未だ寝ぼけながらも礼を言って、バッグとタオルを手にコートを出た。
「跡部、もうすぐ準レギュラーもこっちに来るよ」
「そうか…」
経過を見計らったように、滝が跡部へ報告をしにやってきて、コートの周りに宍戸と鳳、そして跡部しかいないことに気付き、柔らかい笑みを浮かべた。少し遠くから人のざわめきが聞こえてくるが、跡部は何かを思案するように眉をひそめた。
「部長も大変だね」



「…おい、俺様と試合したい奴、今日は特別に相手をしてやるぞ」




跡部は一連の出来事で虫の居所が悪かったため、試合を挑んできた準レギュラー全員を問答無用のストレート勝ちで下した上に、榊に呼ばれていた樺地が戻ってくるなりさっさと部室へ戻ってしまった。ちなみに滝は、今日は跡部との試合は遠慮しておくよと、審判をしていた。恐らく賢明な判断だろう。





そんな準レギュラーの悲哀など知らず、校舎の外れの一角で、岳人と忍足が対峙していた。ちなみにそこから死角となっている場所では、日吉と慈郎が何やら話をしていたのだが、お互い全く気付いていない。
「岳人、ええ加減機嫌直してや」
「冗談じゃねえよ」
「しゃあないやん、ゲームのデータなんて戻るもんやないやろ」
「それじゃねえよ!」
岳人の反論に驚いたのは忍足で、てっきり自分が誤って岳人が必死にプレイしていたゲームのセーブデータを消したから怒っているものだと思っていたのだ。いくら怒られても消してしまったものは戻せないのに、いつまでも機嫌の直らない岳人に、忍足は珍しく不機嫌でいたのだ。
「じゃあ何があかんのや、俺はさっぱりや」
「昨日!」
本気で困り果てたらしい忍足に、岳人はビシッと人差し指を向けた。
「昨日、お前女子の足見てニヤニヤしてただろ」
「昨日…?」
「とぼけんなよ、昼休みに見てたじゃねえか!」
昼休みと言われ、忍足もようやく思い当たる事があったらしく、口元に笑みを浮かべた。それが岳人の機嫌を益々損ね、さらに文句を喚かれたのだが、忍足はそれにめげずに岳人との距離をつめて、優しく抱き締める。抱き締められた岳人は、まだ納得できずに、忍足を引き剥がそうと彼の胸元に手を置いて押し出そうとしたが、忍足はびくともしない。
「なんや嫉妬してたん?かわええなあ」
「うるせえ!離せよっ!」
嬉しそうな忍足の声が耳元で響いて、慌てて抵抗の力を強める岳人。それでもさらに強く抱き締められてしまい、今や岳人はすっぽりと忍足の胸におさまってしまっていた。
「あれはな、岳人の足の方がええなーと思ってただけやで」
「…ば、ばか!変態っ!」
「誉めてくれるのはええけど、せめてアホがええなあ」
「誉めてねーよ…」
すっかり抵抗する気を削がれた岳人は、文句を言いながらも、もう忍足を責める気も無くなったらしい。しばらくそのままでいたが、岳人が耳まで赤くなっているのを目敏く見つけていた忍足は、ついに堪えきれずに喉奥で笑う。
それが気に障った岳人は、反論するために顔をあげたのだが、待ち構えたように重ねられた忍足の唇に、その文句も塞がれてしまい、不発に終わった。














「…侑士、部活…」
「イヤや、跡部にどやされたない」
「どうせ明日でも文句言われるんだし、諦めようぜ」
「ほな、仲良くどやされに行きますか」
「そうだな」







ちなみに、跡部はなぜか忍足と岳人にだけ、罰として部室の掃除を言い渡し、忍足に対してはさらに試合を申し込み、殺意溢れるサーブをお見舞いしていた。


fin.


忍足「なんで俺だけやねん!」
跡部「お前だからに決まってるだろ」
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