disagreeable dream



そこはただの白い壁に囲まれた小さな正方形だった。

床も天井も白く、窓も扉もない。

それがおかしい事だと気付くのに時間がかかった。きっと僕は毒されているのだ。
密封されてしまえば息苦しい上に、真っ暗な闇となり色など判別出来る訳がないのに。

幼い僕は見上げても見えないのだと思ったが、本当は天井など無かったのかもしれない。
けれどそんなことはどうでも良い。興味がなかった。


「嫌な夢だ」


自分のではない、けれど聞こえてくるやけに聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
そうか夢か、と思うより先に振り返っていた。



目の前には大人びた自分がいた。



「やぁ、君は僕だね」
彼はそう言った。
僕は確証など無かったのに頷いていた。殆んど条件反射で。
僕が頷いたのを見て、彼は一歩、僕に近付いてきた。狭い部屋ではそれでも至近距離になった。
自分より随分目線が上の彼の、部屋と同じ白い色の手袋をはめた手が、僕に伸ばされた。
するりと頬を撫でられ、妙にくすぐったさを感じる。そうした後、彼はニヤリと口元を歪めた。けれど眼は笑っていなかったから、僕の背筋に冷たいものが走っていった。
その深い蒼の目に映る僕は、目の前の彼と同じはずなのに、随分と情けない顔をしていた。


「本当に、嫌な夢だ」


彼の冷たい言葉をきっかけに、ざわざわと起こるはずのない風が流れてきた。それは酷く鋭利な風で、それが僕を撫でる度に痛みが走った。
ふと目の前の彼を見れば、傷ひとつ負っていないどころか、彼は風を意図して僕に向けているようだった。彼は僕を見下しながら口を開いた。
「人の心は不愉快だから、叩き潰すのさ」
そう、君を潰すように、と落とされた言葉の残酷さよりも、自分の身の危うさよりも、彼の声の寂しさが痛く耳に残った。
風が相変わらず僕を撫でては痛みをもたらしてくる。
「…そうか、フォルスを持っているのか」
呟いた僕の言葉はしかし、音にはならなかった。ガジュマにしか無いと聞いていたフォルスを、目の前の彼は持っているのだ。
ならば僕もいつかそれを持つ日が来るのだろうと思う。そうしたら、目の前の彼より幼い僕も少しは生きやすくなるだろうか。


自分の中のどす黒い感情さえ上手く昇華できるだろうか。


「君は大人だけど僕と変わらないのかもね」
呟いた声はやはり音にはならなかったし、風の勢いは衰える事はなかった。むしろ風の勢いはさらに強くなり、風と言うより嵐に変貌していた。
白かったはずの部屋は嵐で黒に近い灰の色になり、所々深い赤が斑点を象っていた。

「さっさと消えろよ」

僕はまだ消えていないし、いくら部屋の隅に追いやられても、部屋が全て赤くなっても、多分消えないだろう。
そんなこと、僕が分かって彼が分からない訳がないのに。



「僕が消えるのは君が死ぬ時だ」



散々嵐に刻まれた僕は今一体どんな姿だろうか、考えても分からないが、風の音で煩い部屋の中に、自分の言葉が鮮明に響いた。
目の前の彼よりも、やはり声が高かった。
嵐の黒に塗りつぶされて、彼の姿はどこにも見えなくなっていた。
それでも口を開くと、驚くほどすらすらと声が出た。
「僕は君だから、君が僕を殺したら君も死ぬ」
目の前にいるであろう彼は、それでも嵐を止めなかった。一体どんな顔で、僕を眺めているだろうか。


「煩いなぁ、さっさと死ねよ!」



格段に、嵐が強く、鋭利になって、目の前は、本当に真っ暗になった。

























目を覚ますと、そこはカレギア城内に割り当てられた自室のベッドだった。
真っ白い床も壁もない。
あぁ、目覚めたのだと理解して、先程までの夢を反芻した。
あの夢を見るなどしばらくぶりだった。
「嫌な夢だ」
吐き捨てて、天井を眺めた。


“僕が消えるのは君が死ぬ時だ”


そんな事は分かりきっている。夢の中で自分が発した言葉は、全て自分に言い聞かせるようでもあった。
今までも何度か見たその夢は、一番的確で一番気分が悪くなる夢だった。
果たして何度、自分は自身を夢の中で殺すのだろう、殺されるのだろう。
考えただけで憂鬱にも楽にもなれる。
それらが混ざり合わなくて余計に苛々する。マーブル模様の内心を思い浮かべるだけで吐き気がする。

ぼんやりとしていたが、ため息をついて起き上がった。確か今日はラジルダへ出発する日だ。
しばらく城の居心地の悪さとおさらば出来る、今はそれだけで十分だ。
ミルハウストもトーマも、他の正規軍も一緒だということが気に食わないが。


「そうだ、良いことを考えた」


憂さ晴らしも兼ねて、奴らで遊ぶ事にしよう。そう考えたら随分スッキリした。



心の力はあの夢の僕と同じ、不愉快な存在だ。


心の力を潰す事ができたら、あの不愉快な夢を見ることもなくなるだろうか。



fin.


after works
焼き付いた夢はいつも同じ。
サレオンラインアンソロジー企画に寄稿

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